現代と未来を繋ぐ人材育成の新体制を築く―パリタットさん「私と日本」vol.24 - mediator

Blog 現代と未来を繋ぐ人材育成の新体制を築く―パリタットさん「私と日本」vol.24

2021年09月28日 (火)

私と日本
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棚ぼたで決まった日本留学

長岡科学技術大学名誉博士号や東京大学工学部博士号、タマサート大学経営学修士号、チュラロンコーン大学工学修士(工業工学)など数々の学位を持ち、大学の教壇に立ってきたパリタットさん。現在はタイ最大の財閥チャロン・ポカパングループ(CPグループ)の一つ、「CP ALL」が展開する人材育成機関「パンヤーピワット経営大学(PIM)」の経営陣として指揮を執ると同時に、日タイの人材育成・派遣プロジェクトに尽力する。御年66歳。学生たちの背中を力強く押す姿は、まだまだ現役だ。

そんなパリタットさんが日本と初めて接点を持ったのは、今から40年以上前のこと。欧米への留学を志していたチュラロンコーン大学(工学部)時代、奨学金の付与を目的に特待生試験を受けたが残念ながら不合格。打ち拉がれていた時、耳に入ってきたのが日本留学のための奨学金制度の話だった。

「自分で留学する資金がなく、国を選んでる場合じゃなかったという事情もあり(笑)、奨学金をもらえるなら…と試験を受けました。日本についての知識がほぼなく、日本語もまったく話せない状態でしたが、当時は日本留学を志望する人が少なかったこともあり、棚ぼたのように合格。本当にラッキーでしたね」

ただの幸運か、はたまた運命か。意図せず決まった日本留学で、今に繋がる出逢いと経験がパリタット青年を待っていた。

留学時代に得た一番の財産は「人脈」

日本語が話せなかったパリタットさんは、まず大阪外国語大学で半年間の語学研修を受講。けれど、一番大事な実践的な日本語会話の授業は週に1回だけで座学ばかり。話せない状態で東京大学の研究室に向かったが、英語を話せる人が誰一人おらず一念発起。研究室の学生に積極的に話しかけたり、周りで話されている日本語に耳を傾けたり、日本のドラマや音楽を聴いたり(見たり)と体当たりでぶつかっていった。同時に、日本人特有の「和を重んじる考え方」や「協調性」、相手を尊重する「敬語」といった文化を肌で学び取っていったという。

今、パリタットさんが日本語を覚えたいタイ人学生たちにそのコツを問われたら、まず「聴くことを徹底しなさい」と伝えるという。耳から覚えて、その後に「話す」「読む」「書く」というステップが付いてくるのだと。「言葉を覚えることは、その国の文化を知ることに繋がります。日本に限らず、留学を目指す学生たちには語学が大事だと伝えています。それ以外に、必要なのは現地でいかに人間関係を築けるかというコミュニケーション能力が大部分、学力は2割ほどじゃないでしょうか(笑)。相手を理解しようとする姿勢が、その他の能力を自ずと伸ばしてくれると思うので」

5年の日本留学を経てタイに帰国した後は、母校のチュラロンコーン大学に復学。日本への留学経験や日本語能力を買われ、総額20億Bともいわれる日本政府の円借款プロジェクトとの大規模な人材育成プロジェクトリーダーに抜擢され、今日に繋がる日タイの人材育成に関わるロードマップを構築。以降、自身のキャリアの中に「日タイ」「人材育成」というキーワードが増えていく。

「日本で出逢った人たちとの繋がりから、プロジェクトが始まることも少なくありませんし、通訳や翻訳も含めて相談を受けることもあります。当時の人脈が私にとって何よりの財産ですし、それを日本とタイ双方の発展に活かしていくことが使命だと思っています」

セブンイレブンで“人材の種”をまく

人材育成に関わるプロジェクトをいくつも形にしてきたパリタットさんは、8年前から人材育成機関「パンヤーピワット経営大学(PIM)」の教授に就任。「Work based learning」と「Ready to work」をモットーに、社会に出ること・働くことに対する基本的な考え方を備える場を提供している。

フードビジネスやエンジニアリング&テクノロジーなど全10学部で構成されているが、とりわけユニークなのが、1年生から4年生まで各学年で設けられている3〜9ヶ月のインターン制度だ。特に最初のインターンとなる1年生は、学部問わずすべての学生が「セブンイレブン」で研修を受けるという。

なぜセブンイレブンなのか? 時に、学生たちからも「自分の専攻分野に関係なく無意味なのでは?」という疑問をぶつけられるそうだが、その理由はセブンイレブンが同じCPグループだからという単純なものではない。「サービス対応(接客)、スタッフ管理(全体のシフト調整やスケジューリング)、賃金や利益に対する考え方、『どうすればお客さまに喜んでもらえるか(また来てもらえるか)』など、セブンイレブンにこそ労働・サービス・経営の基礎が凝縮されていると考えています。ここでの経験は学生を卒業した後に出合う社会に繋がりますし、店内の掃除や商品の出し入れなど“体力的にも精神的にも”鍛えられる総合的な実践の場です」

体力的にも精神的にも…。パリタットさんが考案するカリキュラムには、現代の若者に対するアンチテーゼも含まれている。今はインターネットを通して何でも調べられ、手に入る時代。以前は手書きだった資料作成などもソフトウェアを使えば簡単に作れ、多様化するSNSによって最新情報は常に手の平の中にある。便利な時代である一方で、自らで努力できない・待てないなど「忍耐力」が欠如しつつあるのではないかと。 「少し昔気質かもしれませんが、私はこの忍耐力がビジネスや人生において、とても重要だと考えています。何かに挑戦してもすぐに結果がついてくるかは分からない。そういった場面で心を折らず、手を止めずにいかに粘れるか、いかに思考を止めずに考え続けられるか。これはどの時代でも普遍だと思うんです。だからこそ心身ともに成長できる場を設けています」

2年前、学生が増えたことによりチェーンワッタナーにあったキャンパスに加えてEEC(東部経済回廊)に新キャンパスを開校した。タイ政府が推奨する経済政策「タイランド4.0」の中枢であり、高速鉄道プロジェクトも進む同地で、さらなる高度人材の育成に取り組んでいく。

北九州市と人材育成・派遣プロジェクト

タイにいながら、日本との繋がりも絶えない。北九州市と連動した人材育成・派遣プロジェクトの旗振り役として、2018年からタイ人学生を現地へ派遣し、現場研修を実施。そのまま就職へ繋げるなど、北九州市の人材不足とタイ人の働き場をマッチングしている。企画段階から日本側・タイ側の調整役として奔走し、約1年に渡る準備期間を経て形になった本プロジェクトも今年で4年。毎年50名前後、これまでに200名以上を送り出してきた。「やりがいはさまざまな場面で感じますが、一番は卒業式でしょうか。これまで見守り続けてきた生徒が巣立つ姿、またこれまでの苦労や感謝、「先生のようになりたい」といった言葉をもらった時などは「この仕事をやって本当に良かった」と心から思いますし、日本やタイの未来に繋がる人材を育てていることを誇りに思います」

今後は他の市や県など日本全国への展開を目指したいというパリタットさん。日本を「知る」だけでなく「理解する」からこそ、導き出せる答えがある。楽しむ心と好奇心、そして日タイの未来を担う人材を育てる使命感。パリタットさんの熱量は尽きない。

今後は他の市や県など日本全国への展開を目指したいというパリタットさんは、mediator 代表・ガンタトーンにとって日タイを繋ぐ存在としての大先輩。日本を「知る」だけでなく「理解する」からこそ、導き出せる答えがある。その経験を共有し、日タイの発展に貢献すること。向かうベクトルは同じだ。

>パンヤーピワット経営大学(PIM)
https://www.cpall.co.th/en/education

山形 美郷の画像
執筆 山形 美郷

日本での編集業務を経て、タイのビジネス系・ライフスタイル系フリーペーパーなどで執筆。“タイの暮らし”をテーマに、現地に生きる人々のインタビューを通して現地のリアルを発信。ガイドブックや日本のカルチャー雑誌などでのライター・コーディネーター業務も請け負う。

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